無外流 顕心館

歴史散歩

第129回『大神神社』
所在地: 奈良県桜井市三輪
 創祀は古事記の一説に、大物主大神が出雲の大国主神の前に現れ、国造りを成就する為に「吾をば倭の青垣、東の山の上にいつきまつれ」と三輪山に祀られることを望んだそうです。また神社の社殿が確立する前の様子を今に伝えており、その祭祀の姿から最古の神社と呼ばれています。

第128回『貴船神社』
所在地: 京都府京都市左京区鞍馬貴船町
 伝承によれば、玉依姫命が、黄色い船に乗ってこの地に降り立ち水神を祭ったのが始まりと伝えられてそこから「黄船」と呼ばれています。また歴代の天皇は干ばつの時には黒馬を、長雨の時には白馬を奉納し祈願をしていましたが、馬に替わる馬形の板に着色した「板立馬」を奉納したことが現在の絵馬の原形となり絵馬発祥の地といわれています。

第127回『松山城』
所在地: 愛媛県松山市丸之内
 松山城は、加藤嘉明が築城をしたのが始まりです。その後は、蒲生氏の居城を経て松平家が明治維新まで治めていました。又、連立式の天守を有し、日本で唯一現存している望楼型二重櫓である野原櫓や登り石垣があります。

第126回『多賀大社』
所在地:滋賀県犬上郡多賀町多賀
 多賀大社は古くから全国的な信仰を集め、豊臣秀吉も信仰していました。また、多賀大社にはつり鐘があり、このつり鐘は浅井長政や佐々木一族によって鋳造されたものといわれています。

第125回『葛井寺』
所在地:大阪府藤井寺市藤井寺
 聖武天皇の勅願で行基が、葛井寺を創建しました。その後葛井寺は荒廃していきましたが、平安時代に大和国の藤井安基が荒廃した伽藍を修復したと伝えられています。また南北朝時代では、楠木正成が陣をしいたことがあるなど、度々戦火にさらされました。

第124回『勝山城』
所在地:福井県勝山市平泉寺町平泉寺
 勝山城は、戦国時代に柴田勝安によって築城されました。その後、結城秀康、松平直基などが封じられましたが、明治時代に廃城となり建物は取り壊されました。(現在は城址の碑が建つのみで、写真は城跡近くにある勝山城博物館で歴史上の勝山城とは位置・形状ともに関係はありません。)

第123回『源氏三代の墓』
所在地:羽曳野市通法寺
 河内国に屋敷を構えた源頼信は、子の頼義、孫の義家の三代が河内国を本拠地にしたことから「河内源氏の発祥の地」となりました。特に義家は八幡太郎と呼ばれ武家の棟梁としての地位も確立しました。
 
第122回『三十三間堂(蓮華王院)』
所在地:京都府京都市東山区三十三間堂廻町
 三十三間堂にはこんな伝承があります。後白河上皇は頭痛に悩まされていて、熊野に祈願しに行きました。すると、「因幡堂の薬師如来に祈れ」とお告げがあり、因幡堂に参詣したその夜夢に僧が現れ「上皇は蓮華坊と言う僧侶の生まれ変わりで、その僧侶の髑髏が岩田川の底にあり、その目から柳が生えていて風が吹くと髑髏が動くので頭が痛むのである」と告げられました。後日岩田川を調べさせるとお告げの通りであったので、三十三間堂の千手観音の中に髑髏を納め、さらに柳の木を梁に使ったところ、上皇の頭痛は治ったといいます。

第121回『石山寺』
所在地:滋賀県大津市石山寺
 聖武天皇が、良弁が聖徳太子の念持仏であった如意輪観音をこの地に祀ったのがはじまりとされています。

歴史散歩年表

2021/09/01
第129回『大神神社』up
2021/08/01
第128回『貴船神社』
2021/07/01
第127回『松山城』
2021/06/03
第126回『多賀大社』
2021/05/01
第125回『葛井寺』
2021/04/03
第124回『勝山城』
2021/03/01
第123回『源氏三代の墓』
2021/02/01
第122回『三十三間堂』
2021/01/01
第121回『石山寺』

歴史散歩過去年表

●西暦2011年(平成23年)
●西暦2012年(平成24年)
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